18歳、初めての海外トラブル。ブリスベンで最終のバス間違えて終点まで行った話。①

旅するパティシエななころです。

 

 

今まで世界を旅しながらお菓子を勉強してきて、今ではひとりでどこでも行くし、ロシアで飛行機の乗り継ぎに失敗したり、ホテルへ帰ったら荷物全部外に出されていても生きていけることを知っていますが、海外に行き始めたころは空港からびくびく震えながら出るくらい、コーヒー一杯もろくに注文できないくらい、海外に怯えていました。

 

18歳のとき、専門学校の夏休みに初めての短期留学でオーストラリア、ブリスベンに行きました。

この記事ではそのときに起きた初めての海外トラブルを綴っていきます。

 

ブリスベンの郊外での生活。

英語も右も左もわからない、外国人と話したことない!!海外コワイ!!

 

そんな状態で行ったブリスベン。四六時中ガチガチに緊張状態。

 

でも、ホストファミリーはとても優しくて、学校でも友達がたくさんできました。

 

ホームステイ先の家は郊外にあり、まわりにビルなどは何もなく、ただ道路と緑が広がっているような土地でした。学校へはバスで30分ほどかけて、毎日通学していました。

懐かしい、、、!

当時はスマホがなかったため、私がもっていたのは海外用のプリペイドケータイ。電話とメッセージのみでネットなんて繋がらず、日本との連絡手段は学校にあるパソコンか、めちゃくちゃ高い通話料の国際電話だけでした。

学校帰りの寄り道。

はじめは学校と家の往復だけだったものの、1週間ほどたって慣れてくると、学校の友達と寄り道をするように。

 

学校から歩いて5分ほど小さな船にのって、シティと呼ばれる、お店やレストランがたくさんある街にでて、買い物したりごはんを食べたりしていました。

シティからは、ホームステイ先が近い友達といつも同じバスに乗り、また30分ほどかけて家まで帰っていました。

 

ただ、この日は学校の寮に住んでいる友達と遊んでいて、郊外まで帰るのは私だけ。

 

でも、もう慣れたしバス停の場所もわかってるし!と、日が暮れるまで遊んでいました。

なんか見たことない景色。

友達と別れていつものバス停で、バスに乗って。

窓の外を見ていると、

 

なんか初めて見る景色な気がする。

 

でも、いつもは友達と話しながら乗っていたため、じっくり外を見ながら帰ることはなかったので、こんな景色だったんだなぁとぼーっと見ていました。

 

家の近くのバス停の名前は覚えていたので、その名前が呼ばれるまで、念のため一番前に座って待機していました。

そのまま30分ほどたって、バスが知らないところで止まり、たくさんの人が降りていく。

すると運転手さんがきて一言、

 

 

Get off!!(降りろ!)

 

 

 

終点でした。

 

気づいた時には遅すぎた。

ここどこ!!!?

 

もうこの時点で冷や汗びっしょり心臓バクバク

 

 

同じバス停でも、違う行先のバスがあること。

普通に考えたらわかるのに、何故か何も考えずに乗っていました。

 

ここで私はいつも一緒の方向の友達に頼り切りだったことに気が付きます。

 

どのバスに乗るかも、どこで降りるのかも、自分でしっかりわかっていなかった。友達がいたから、何も考えずに行き帰りができていたんだと。

 

それなのに海外生活に慣れた気になって、

調子に乗って日が暮れるまで遊んだ結果↓

 

  • 戻るバスは最終が終わってもうない
  • ネットはつながらない。
  • もう外は真っ暗
  • 大金は持ち歩かないようにしていたため、お金もあまり持っていない
  • 郊外でタクシーすらいない

 

 

終わった。

 

神のレンタルビデオショップ

心臓バクバクのまま、とりあえずここはどこなのか、どうやったら家に帰れるのか、人に聞いてみよう、、、と考えたものの

海外コワイ18歳

知らない人に話しかけるのは怖すぎるし危ない、、

とにかくお店を探して歩きました。

10分ほど歩いて見つけたお店らしき建物は、

レンタルビデオショップでした。

(本当にそうなのかはわからないしオーストラリアにそんなのあるのかわからないけど、ビデオらしきものがたくさん置いてあったのでそう思い込んでいます。)

 

若い男の店員さんに、めちゃくちゃ勇気を出して

 

えくすきゅーずみー、、、!!

 

と、道に迷ってる家はここ、と、つたなすぎる英語で伝え、家の住所をメモしたものを見せました。

 

!!!!??!、、、〇▽■、、、

何を言われたのか全く分かりませんでしたが、びっくりした様子で、色んなことを言って、そしてちょっと待ってね、というようなことを言って裏へ行ってしまった店員さん。

そして戻ってきて、手渡してくれた1枚の紙。

 

ここから家まで歩いていくルートをグーグルマップで印刷した地図でした。

 

道路の名前目印となる信号などにマジックで印をつけてくれて、私の英語力がなかったせいで何を言っているのかは全くわからなかったけど、おそらくめちゃくちゃ丁寧に説明してくれて、そしてすごく心配してくれていることがわかりました。

(私みたいな見ず知らずのちんちくりんの外国人に、こんなに親切に対応してくれたこと、感謝してもしきれません、、、。ずっと忘れない思い出です。)

 

異国にも優しい人いた、、、!助けてくれた、、!

 

すごくほっとして、唯一知っていた感謝の言葉

 

 

さんきゅー!

 

を精一杯伝え、地図を握りしめて、しっかり方向を確認してから歩き始めました。

②に続きます!

コメント

  1. […] […]

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